LGBTという言葉が耳馴染みのあるものとなってきた今ですが、皆さんの中で未だ馴染みのない存在なのではないでしょうか。なんとなく特別なイメージのある、日常的な存在ではないような気がします。LGBTであると声を大にして主張しなければいけなかったり、逆にバレないようにひっそりと生きていたり、どちらか両極端な印象があります。

◆性別は見た目による記号でしか判断できない

どういうわけか私の友人の中には、性同一性障害、同性愛者と様々な人がおかげ様でいます。中にはテレビに出てくるようなわかりやすいオネエキャラの方もいますが、大体が見た目と軽い会話だけでは判断することができません。

確かに、日常の会話中でセクシュアリティを見出す機会ってそこまでないものです。男か女かどうかの判断は見た目でわかるものですが、単純な見た目の記号による判断に過ぎません。性嗜好であったり内側の性別であったりは、すぐには計り知ることができませんよね。

◆求められる「オネエキャラ」という偶像

もちろんテレビに出てくるオネエキャラというのは、タレント性を求められるからこその存在だと思います。派手な見た目、オネエ口調に過激なトーク内容、大衆が周りを気にして出しきれない自分の個性や、言い難いことを彼女たちは武器として上手に使いこなしています。テレビでなくとも、アパレル業界で働いていた時は、オネエキャラのお姉様たちが人間関係の良い潤滑油となっていました。角が立たない存在なのでしょう。

そして、そのキャラクター性というのは、周りによって創りだされたものでもあると思います。大衆の共通のイメージ像があって、彼女たちを定義付けているような気がするのです。男であるのに男が好き、女の格好が好きということは、オネエキャラなんだろうといった短絡的な方程式ができあがっているのではないでしょうか。

◆社会に求められる「女子」という性別

彼女たちに準ずるような人たちにとって、オネエキャラを求められることはいい迷惑かもしれません。しかし、わかりやすい性別を求められているのは、何もオネエキャラだけではなく、異性愛者の男女でも言えることではないでしょうか。男女平等、女性活躍、様々なことが言われていますが、やはり恋愛の場面においては女子らしさというのが必要となってきます。逆に言えば、男性らしさというのを求めてもいるはずなのです。

たとえば、合コンなどの一定の男女がいる空間であれば、男性が盛り上げて、女子が場を温めるという役割を持って、お互いに楽しい場所を作り上げていこうとするのが自然だと思います。そこで性別を越えて張り合うのはナンセンスですし、性別に限らず得手不得手はあるとは思います。しかし、ある一定の求められている「性別」というのは常にあるのではないでしょうか。




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(女子のお悩み解決コラム -WomanNews ウーマンニュース-)