ひとたび大きな自然災害が起こると、どんなに大きな街であっても、街が少し静かになるというか、人々の元気が少しだけ落ちたように感じます。少しでも何か目立った行動しようものなら「不謹慎」だとも叩かれてしまいますし、じっと静かにしているのが正しい行動なのかもしれません。

◆少しだけ人に対して優しくなれる

毎朝の通勤電車などイライラしそうな場面であっても、少しだけ人に対して優しくなれるというか穏やかに接することができるようになるものです。ちょっと肩がぶつかっただとか足を踏んだとかで、相手のことを睨んでいる人を見かけることは容易にあります。それがひとたび大きな災害が起こると途端に減ると思うのです。

やはり人々の活気自体も減ってはしまいますが、街には穏やかな空気と時間が流れていることに気付きます。忘れがちな大切なもの、思いやりや気遣いを人はふと思い出すのでしょうか。ほんの少しだけでも、人の優しさに触れる機会が増えるような気がするのです。

◆はじめて気付く当たり前の愛おしさ

普通に暮らすことの儚さを目の前にして、普段の生活の大切さに気付いたり、自分の周りの人の存在に助けられていることに気付いたり。今自分の周りにある当たり前のものが、急に愛おしくなるものです。人はないものを求めたがり、今あるものを大切にして活かすことを忘れてしまいがちです。

恵まれていることよりも不満ばかりが大きくなってくるものですが、どうしようもできない事態が怒った時、人は今ある恵まれているものに気付けるのではないでしょうか。当たり前のものを取り上げられてしまったらと想定ができるようになるのかもしれません。

◆日常を普段通りに暮らすことの大切さ

日常を普段通りに暮らすことは日々の積み重ねであったり、明日への安心がもとにあったり、支えるものがあってこそできることなのかもしれません。何か1つでも欠けてしまった時、違和感を持ってしまうのではないでしょうか。旅先で眠れなかったり、家のお湯が出なくなってしまったり、些細なことでも感じるのかもしれません。

確かに適応能力の高い人、低い人では感じ方も違うかもしれません。しかし、当たり前の日常というのは誰にとっても邪魔されたくないものだと思います。今日できていたことが明日できなくなってしまう恐怖を日々感じて生きるわけにもいきませんしね。

私達ができることは小さなものです。しかし、今の日常を大切にして生きることは、誰でもできることではないでしょうか。当たり前のことを大切にできる今が何よりも恵まれているのかもしれません。


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