現在の中国料理を代表する北京ダックやフカヒレ、ツバメの巣などの料理は華南で始まったもので、その歴史は意外に新しく、三百~四百年です。そんな中、古代から食べられていて、今も多くの人に好まれている食べ物があります。
日本でも人気の中華の定番、肉まんなどの饅頭(マントウ)、餃子、ラーメンなどで、どれも小麦粉を使った食品です。


【饅頭の歴史】

現代の中国では、「餅(ピン)」は小麦粉をこねて焼いたりして作る平たいパンのことです。
しかし、漢代では小麦粉で作った食品すべてを「餅」と言いました。ナンのようなパン類も、ラーメンもすいとんも「餅」です。ただし、西アジアやヨーロッパのように小麦粉をパンに焼くのではなく、生地を蒸すか、茹でました。

その代表的な食べ物が、紀元三世紀の三国時代に諸葛孔明が発明したといわれる饅頭です。
孔明が荒れた川を鎮めるために人の頭ぐらいの大きさに形づくった蒸し物をお供えに捧げたことから、これを「蛮頭(バントウ)」と呼び、時代が経つにつれてだんだん「饅頭(マントウ)」となまってきたというのが定説です。


【古代より愛された餃子】

餃子も、華北で日常的によく食べる小麦粉食品です。
現在は南方でも食べられていますが、北方では正月に新年を迎えるのに必ず餃子を食べる風習があります。紀元前六世紀の春秋時代の墓から出土した副葬品の餃子は三角形で、これが最も原始的な形の最古の餃子ではないかといわれています。
小麦粉で作った皮で肉や野菜を包んで半月状にした、現在の餃子らしきものが現れたのは、隋・唐代で、唐代の墓からは、今日見られるものと大きさも形もほとんど同じ餃子が出土しています。当時、餃子は美食の代表のひとつとされていました。


【四千年前のラーメン?】

後漢の中期以降になると、小麦粉食品はさらに急速に広まり、民間でも日常的に食べられるようになりました。紀元二世紀半ば頃の洛陽あたりでは、立秋に煮餅(チューピン)は食べてはいけないという習慣がありました。煮餅とはラーメンのようなものだったようです。また、同じころ、後漢の八歳の皇帝である質帝が毒素入りの煮餅を食べて殺されたという話が「後漢書」に載っています。
この頃には、人々の食生活に麺類が深く浸透していたことが分かります。

この漢代の煮餅が中国で一番古いラーメンの記録ですが、2005年に四千年前のラーメンが発見されたというニュースが報じられました。発見されたラーメンの材料は、キビとアワで小麦粉の麺ではないのですが、四千年前の黄河上流地域にキビやアワを材料とした粉食の文化があったかもしれず、ラーメンの発明時期は一気に二千年も遡ったわけです。

中国の小麦粉食品のうち、麺類は世界の食文化に大きく貢献したと言っても過言ではないでしょう。
中国の麺は、唐代から大きく発達し、十~十三世紀の宋代には多彩な麺料理が生まれ、今の中国で食べられている麺文化が形成されたといわれています。華北の食文化が広がって、華南でも小麦の粉食が始まり、中国の麺食は多彩な発展を遂げながら中国の内外に広がり、のちに朝鮮半島や日本にも独特の麺料理を作り上げることになるのです。

中国は食に対する人々の関心が非常に高い「食大国」です。また、古くから医食同源・薬食一如という儒教の教えがあり、食べ物により健康を保つ陰陽説や五行説があります。食べ物のバランスを保つことを重視し、巧みに素材を組み合わせる料理法が発展し、それが今日の中華鍋一つで作って、味わうことができる料理を大成させたのです。


日本人にとって中国料理、特に、肉まん・餃子・ラーメンはとても親しみのあるものです。
日本料理には、中国から伝わった素材や料理法などをベースにしたものも多くあります。その源流を知ることで、よりおいしく古代中国料理を味わえるかもしれませんね。




「世界チャンピオンのお店 皇朝」

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