パスタのふるさとはイタリア。日本でもパスタは、すっかり現在の食卓に根付いています。そんなパスタは、いつ頃イタリアで誕生し、どんな歩みをしてきたのでしょうか?今回は、パスタの源流、歴史をたどってみたいと思います。

【中世に生まれた二種類のパスタ】

パスタの歴史をたどってみると、古代ローマ時代にまでさかのぼります。当時は小麦粉と水を練って延ばしたシート状のラザーニャのようなものに、肉を挟んで食べていました。あるいは、蜂蜜やこしょうで和えて細切りにし、揚げて食べることもあったようです。いずれも現在私たちが口にしているパスタと違うのは、ゆでる調理の過程がなく、直接焼くか揚げるかだったことです。
このパスタの原型は、五世紀後半、北方からゲルマン人が侵攻してきたのを境に消えてしまいます。ゲルマン支配下では、パスタのような手の込んだ調理法は忘れられ、その後パスタが再登場するのは、十一~十二世紀ごろの北イタリアでした。北イタリアのパスタは生パスタで、日常的な食べ物ではなく、お祝いの日などに食べる特別なものだったようです。
生パスタにやや遅れて、南イタリアのシチリア島でも、長期保存ができる乾燥パスタが生まれました。同じイタリア半島でも、古代から違った歴史を歩んできた南イタリアと北イタリア。シチリア島は、当時アラブ人に支配され、モスクが三百もあるイスラム都市でした。乾燥パスタは、もともとはアラブ人が砂漠を移動する際に携行した保存食が起源らしく、それが硬質小麦の一大産地だったシチリアに、伝えられたではないかといわれています。
イタリアで相次いで生まれた生パスタと乾燥パスタは、現在もその名残を伝え、北イタリアにはラザーニャやカネロニ、ラヴィオリなどに使う生の手打ちパスタが多く、乾燥パスタが多い南イタリアとは対照的です。

【初めはチーズたっぷりのスープパスタ】

今日、パスタはさまざまなソースと味付けが工夫されていますが、中世のパスタは何もかけないスープパスタでした。肉のスープやミルクなどで長時間ゆでた粥のようなもので、そこにおろしチーズをたっぷりかけるようになり、時にはこしょうなどで味付けしました。さらに、北イタリアの生パスタにはラードやバター、南のナポリ辺りではオリーブ油が加えられるようになりますが、十八世紀になっても食べ方は基本的にスープパスタでした。
シチリアで作られた細長いパスタは、ナポリに伝えられ、やがてナポリを中心に乾燥パスタが大量生産されて、遠方へ輸出されるようになっていきます。ナポリで盛んに食べられていたパスタは、大鍋でゆでて、こしょう、粉チーズ、油で和えただけのもの。パスタの調理法は、長い間、それが定番でした。それを、人々はワイン片手に、指でつまみ上げて、大きく開けた口に運んでいたのです。

【イタリアから全世界へ】

イタリアでそれほどパスタが愛されたのは、温かい家庭の団らんの中心にパスタを大盛りにした皿があったこと、また代々母から娘へパスタ作りを伝える伝統の支えも大きかったようです。
イタリアで生まれ育ったパスタは、十八~十九世紀にかけて、ヨーロッパ中に広まります。地中海から離れた地域では、パリが最もパスタ人気の高い「パスタ都市」でした。おいしいものに目がないパリの人々は、イタリアから伝わったパスタに夢中になります。こうしてパリをはじめヨーロッパに広まったイタリアのパスタは、十九世紀以降にイタリアから四百万人を超える多くの移民がアメリカに渡ったのに伴って、アメリカでも重要な食べ物になり、全世界に普及していったのです。

私たち日本人にとってもとても身近なパスタは、イタリアの食からまずイメージされる、イタリアの代表料理です。
イタリア生まれ、イタリア育ちのパスタを、ワインやチーズを合わせて、ゆっくり楽しみたいですね。



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