今回は、シャンソン界とジャズ界で共に愛されている名曲を、一緒にお勉強してみましょう。シャンソン界では”Mon Homme”(邦題:私のいい人)といいます。元は、1920年にフランスでアルベール・ウィルメッツ(1887~1964)と、ジャックシャルルが作詞、モーリス・イーヴァン(1891~1965)が作曲したシャンソン。


1918年に第一次世界大戦が終了した後、1920年代。パリの女性たちはそれまで長かった髪をばっさり耳元まで切り、唇には真っ赤な口紅を塗り、きついコルセットを外しパンツ姿で自転車にまたがり、カフェでタバコを片手に政治を語るなど男性と変わりない自由な生活を送るようになりました。まさしくパリが花開き、そしてパリが華やかに浮かれた黄金時代は「狂気の時代”Les année folles”」と呼ばれました。しかし1929年の世界恐慌とともに、その華やかな狂気の時代は儚くも終焉を迎えました。その「狂気の時代」の象徴ともされた歌手がミスタンゲット(1875-1956)で、華麗な舞台と脚線美で人々を魅了しました。
生まれたのは1875年ですから、そのころの彼女はすでに40歳をすぎていたにもかかわらず脚線美を武器にして、美しい歌姫としての名声を独り占めにし、「パリ・ミュージックホールの女王」と呼ばれるようになりました。彼女の両足には高額の保険金がかけられていたほどなのです。エディット・ピアフが現れる以前の、最も人気あるシャンソン歌手でした。その、ミスタンゲットが歌ったこの”Mon Homme”は1920年に発表されて、たちまち世界中で大ヒットしました。昔の日本人はこの歌を通じてシャンソンの世界に引き込まれていったといっても過言ではありません。このころ、ミスタンゲットは共演した15歳年下の歌手モーリス・シュヴァリエと恋仲だったことでも知られおり、これは彼への愛をこめて歌った。という説と、そちらが歌うか取り合ったあげく彼女が歌ったという両説があります。


この歌のフランス語原詩は、なんとも情熱的で激しい愛を歌っている。
ヴァースの1番で「この世でただ一つの喜び それは愛する人 愛も心も持てる物すべてを捧げる愛する人 真夜中に夢を見るのも ただただ愛する人のこと ハンサムでもリッチでもないけれど 愛しているのよ・・・」その後、「本当に夢中なの 気が狂いそうなほど 初めて会った時から首ったけなの あの人に見つめられると 体中が震えるわ 本当に夢中なの あの人のためなら死んでもいいわ みじめな気持にさせられても 私はあなたの女なの・・」とコーラスで歌っている。怖いくらいに情熱的だ。2番の歌詞では「本当に夢中なの 例えあの人に石を投げられても 私はお犬のように後を追うの 本当に首ったけなの 馬鹿みたいだけど それが愛というもの 訳なんてないわ だからこんな私を認めてちょうだい 夢中になったわたしを・・」とまである。
なんともドMな歌詞だけども、結局はその自分を受け入れるように押し付けてもいる。そんな熱狂的に男に惚れ込んだ情熱的な歌詞と、でも結局それを押し付けるような強引さが、ミスタンゲットの魅力に重なったのかもしれない。後の1940年にエディット・ピアフがこの曲を歌い、1964年にペトゥラ・クラーク、2003年にセリーヌ・デュオンがフランス語で取り上げた。昨年2014年3月には、カジノ・ド・パリでのミュージカル「ミスタンゲット、狂気の時代の女王”Mistinguett, reine des années folles”」でグアテマラ生まれのカルメン・マリア・ヴェガCarmen Maria Vegaがミスタンゲットを演じまた話題になりました。


他方、アメリカの大興業師フロレンツ・ジーグフェルドは、パリでミスタンゲッツがこの”Mon Homme”を歌うのを聴いて惚れ込み、自らが率いる有名なレヴュー劇団でこの曲を取り上げることにした。シナリオライターのチャンニング・ポロックに頼んで英詩をかいてもらい、1921年、当時の人気絶頂女優のファニー・ブライスが歌って大ヒットさせた。この歌の英語歌詞は、ヴァースが2番、それぞれ同じコーラスに続く。
1番のヴァースで「ずいぶん苦労したわ でも手に入れたものが一つあるの それはあの男 私の男 寒くて疲れていても 彼と一緒なら忘れてしまう 彼はハンサムでもないし 本からでてきたような英雄でもない でも私は彼を愛しているの 彼には私程度に好きな女が2.3人いるわ でも私は彼が好き そうしてか分からないけど好き 彼は善人じゃないし 真面目でもない おまけに私をぶったりもするの どうすればいいのかしら?」
コーラスの最後では「もし私が出ていくなんて言っても なんの意味もないわ そのうち私は戻って ひざまづくに決まっているんだもの 彼がどんな男であろうとも 私は永遠に彼のモノよ・・」である。フランスの原詩にくらべると、さらに受け身というかドM 度が増して尚且つ、もっと最悪な男に惚れ込んだ女の歌になっている・・。なんともまあ、恋というモノは盲目で恐ろしい。

アメリカのアーティストは、「枯葉」などの例を挙げるまでもなく、これまで随分シャンソンの曲を取り入れ、これらを素材にしてジャズ風にアレンジ・演奏をしてきた。この”My Man”は、そうした傾向の先べんをつけた1号とも言うべき曲となった。その後この曲は、アメリカでも数々の舞台や映画で取り上げられた。有名な録音も数多く、ビリー・ホリデーもこれを得意曲とし1937年から1958年まで何度もレコーディングしている。レスター・ヤングとの恋に破れた後、最も不幸だったであろう1948年の録音は恐ろしいほどの悲しみと悲愴感が漂っている。エラフィッツ・ジェラルドも、1941年から1983年までの間に5回も録音している。世界中で愛された、ダメ男に惚れたダメ女の歌である。私も大好きだ。

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