前回と同じくシャンソン界とジャズ界で共に愛されている名曲を、また一緒にお勉強してみましょう。世の中で、名曲と呼ばれる曲はやはりとてもドラマティックな歴史を持った物が多いですね。No.2で少し例としてタイトルだけ載せた今回の「枯葉」。英語のタイトルは”Autumn Leaves”フランス語では、”Les Feuilles Mortes”(邦題:枯葉)といいます。


この曲は、もともとパリの「サラ・ベルナール座」(フランスの舞台大女優サラ・ベルナールが買い取って自分の名を付けた)で1946年6月に初演されたローラン・プチ作のバレエ「ランデ・ヴー」の為に、ハンガリー生まれのジョセフ・スコマ(1905~1969)が1945年に作曲したバレエ用の器楽演奏曲でした。

1946年にフランスの詩人でシナリオ・ライターでもあったジャック・プレヴェール(1900~1977)がこの曲に歌詞をつけ、”Les Feuilles Mortes”(枯葉)というタイトルのシャンソンになった。この詩は、プレヴェールの有名な詩集「言葉」”Paroles”に独立した詩としても収録されている。
そして、1946年の製作映画 ”Les Portes de la Nuit”(本邦劇場未公開:VDタイトル「枯葉~夜の門~」)に取り上げられた。この映画は第二次世界大戦中のドイツ・ナチからの解放間もない1945年のパリを舞台にしたもので、プレヴェールが台本を手掛け主演したイヴ・モンタン(1921~1991)によって”Les Feuilles Mortes”が歌われ大ヒットとなった。

当時、イヴ・モンタンはその前年初のリサイタルを開いたばかりの新人であり、共演した女優のセルジュ・レジアニもデビューしたてであったが、最初主役に予定されていた大俳優で恋人同士のジャン・ギャバンとマリーネ・ディートリッヒが脚本に不満を抱いて降りてしまった為、急遽若い二人が抜擢されたという。


フランスではこの曲は、1951年にジュリエット・グレコ、1971年にダリダなどがカヴァーした。フランス詩のヴァースでは「君と過ごした幸せな日々を忘れはしないよ あの頃の日々は今よりずっと美しく 太陽は今より燃えていた しかし忘れもしない 枯葉が思い出や後悔と共にシャベルで埋められ 北風がそれらを運び去った でもあの頃君が歌ってくれた歌を忘れられない・・」と語り、コーラスで「この歌は私たちそのものだ 君は私を愛し 私は君を愛した そしてお互いに愛し合う二人は共に生きた でも人生が穏やかに波乱もなく 愛し合う二人を引き離した そして海が砂の上の引き離された二人の足跡を消したのだ・・」と歌っている。私は、英詩よりもこの仏詩のこの切なくてロマンチックな情景がたまらなく好きだ。大概、私の場合、英詩と仏詩を比べると仏詩の方が好きなのだが・・。この曲は特にそう思う、たまらない。


前回紹介した”My Man”と同様、この曲にアメリカのジャズメン達が飛びつき、シャンソンがジャズになった典型的かつもっとも有名な例になった。

1950年にジョニー・マーサーが、”Autumn Leaves”のタイトルで英語詞を書き(ヴァースは訳さず)、同年6月にビング・クロスビーがこれを歌い、フランス語と英語で歌ったエディット・ピアフの盤とあいまってアメリカに紹介された。
同1950年にミッチ・ミラーの楽団とコーラス、ジョー・スタフォードもカヴァーした。
上記以降のボーカルテイクは数知れず・・。1955年にジョニ・ジェイムス、ナットキング・コール、パティ・ペイジ、1956年にドリス・デイ、1957年にフランク・シナトラ、メル・トーメ、1960年アンディー・ウィリアムス、1962年にジョニ・ジェイムス、1965年にトム・ジョーンズ、アーサー・キット、等々数えきれないほどの歌手がこの曲を愛し歌い続けた。この間、特に1982年のアルバム”Crazy and mixed Up”に収められたサラ・ボーンの、全編メロディに触れず、アドリブで歌い上げたスキャットによる名唱が、話題を呼んだ。


更に、この曲はジャズ歌手の歌うシャンソンとして逆流したりもした。1986年から1999年までフランスで居を構えたディー・ディー・ブリッジウォーターが、2004年フランスへのオマージュをこめて”J’ ai Deux Amours”「二つの愛」というアルバムを出し、その中でこの曲をフランス語で熱唱している。器楽演奏では1951年にジェームス・ムーディ(tn-sx)がストリングスをバックに取り上げ、1952年にはスタン・ゲッツ(tn-sx)が、1955年にヴィクター・ヤング楽団も演奏したが、同年ロジャー・ウィリアムスがピアノ・ソロでレコーディングした盤がビルボード・チャートで1位を4週間続け、この盤がミリオンセラーとなった。

そして、1958年キャノンボール・アダレイ(al-sx)のリーダー作で、ハンク・ジョーンズ(pf.)やアート・ブレイキイ(ds.)も参加したブルーノート・アルバム”Somethin’ Else”でのマイルス・デイビス(tp.)のミュートを効かせた名演奏によって、アメリカではすっかりジャズ化し、その後のジャズ・プレイヤー達の演奏に無くてはならない曲になった。なにしろ、”Autumn Leaves”もしくは、”Les Feuilles Mortes”(邦題:枯葉)は、世界で600以上のアルバムになっているというのだからその凄さが分かるだろう。


日本でももちろん、沢山の歌手がこの曲を愛し、カヴァーし録音している。戦後のシャンソンブームの立役者である高英男が、1951年にパリへ留学していた際にこの歌を聴き、親交の深かった歌手・淡谷のり子へ、フランスから日本へ楽譜を送ったという。それを気に入った淡谷は舞台で披露し、レコードにも吹き込んだ。翌1952年、帰国した高も、早速中原淳一の訳詞でこの歌を披露、「枯葉」は彼のデビュー盤として発売され、当時では異例の10万枚を超える売り上げを記録。その他、越路吹雪などによっても歌われている。

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