シドニーに来て約2ヶ月。慣れない海外生活というのは、否応なしに毎日何かしら、想像もしない出来事が起こるわけで。突然クレジットカードが使えなくなったり、レストランで違法な低賃金で働かせられたり、急に流血事件に巻き込まれたり。

でも、想いがけない幸運も。知らないおじさんが「留学生か?頑張れよ」と、いきなりセントラルパークでお金をくれたり・・。それはそれでちょっと怖いけども。笑。まあ、有難く使わせていただきました。あとは、例えば、語学学校に何処かの小さな国の王子様が短期留学で通っていたり。さすがに、いつも彼にはボディーガードが付いていたよ。みんなで遊びに行けば、全て彼がそこに居る全員分おごってくれた。

そして、その人に『僕の第○夫人にならないか?』と口説かれてみたり・・。もしアレを受けていれば、私は今頃、○ビー夫人の様に今頃何処かの国のプリンセスですね・・。笑。でも、残念ながら彼は全くタイプでは無かったし、私はお金に目がくらむタイプでもないし、何より私にはその時、日本にフィアンセが居たので調停にお断りしました。

そう、私は婚約者を日本に残してオーストラリアに1年間住んでいたのです。

『結婚する前の最後の大冒険』と題して、今考えても自分勝手の極みですな・・。まったく良く彼も許してくれたと思いますが、「だって、ゆきは行くと決めたら行くんでしょ。待ってるからいいよ。」と、本当に私を心から理解してくれる優しい人だったのです。

まぁ、その大冒険も、お蔭様で大そうドラマティックでございました。

刺激的な毎日に疲れると、学校の友達と一緒にダーリングハーバーという綺麗な港に行き、みんなで水際の階段に座ってビールを飲みました。会話の内容なんて覚えてないけど、みんなで笑って過ごせればそれで良かったのです。あれは、とても気持ちが良かったな。

最初のシェアハウスの同居人が酷い酒乱で、ハウスオーナーの指を噛みちぎるという流血事件を目の前で目撃し、英語で事情徴収を受けてみたり。オーナーがその元同居人を裁判で訴えることになり、私は唯一の目撃者&証言者として海外で半年間裁判所に通うことになったりもしましたよ。日本でも裁判所なんて行ったことないのに・・、海外で行くことになるとはね。ちゃんと証言台に立って、お話ししましたよ。

そんな事件のあった家に、長居をしたい訳もなく。私は新しい家を探し始めていました。

私の住んでいた場所は、いわゆるちょっとした高級住宅地で。友達よりちょっと高い家賃を払って住んでいたのに、そんな事件に巻き込まれてしまい。正直私は、何だか呆れていて、もう次は何処でも良かった。すんごい安いところに住んでやろうとか思っていた。

求めていれば与えられるわけで、知り合いの知り合いみたいな所から話が繋がり、ある日「週90AU$」で住める部屋がある。私が今いるけど、もうすぐ日本に帰るから使って。と。私が今まで住んでいたのは、週180AU$。半分の価格、でも私は早く今の家を出たかったし、なんかもう探すのも面倒でその子の話に乗った。

女の子と、家のオーナーさんと約束をして見学に行くと、メインシティーから歩いて15分程で移動できるような距離で週90$。もちろん、テラスはなく屋上のような空間はあったけど。リビングは非常にあっさりとしていて、前の家ほど綺麗な家ではなかった。彼女が今使っているという部屋は2階にあり、小ぢんまりとした狭いモノだった。

どちらかというと、古くて綺麗ではない。でも、住めなくもなかった。そこのオーナーさんは、とても人の良さそうなオーストラリア人のおじいちゃんだった。

「君は、ここにくるならもう絶対に安全だから心配しなくてもいい。」その言葉が、流血事件に巻き込まれた後の私には非常にしみた。少しうるっとしながら、見学を続けた。

「大きな冷蔵庫にはいつもフリーフードを入れておくし、それは自由に食べていいんだ。君がこの家で飢えることは、絶対にない。」サンタさんのような大きなお腹とキラキラした眼で家を隈なく案内してくれた。一軒家に5人の女の子が住んでおり、男子禁制だった。(要するに男は連れ込むなルールだ。)でも、なんだかおじいちゃんに惹かれた。少し投げやりに、でももう他に行くところは無いんじゃないかと思い、私はそこに決めた。

1週間後、私はその週90$の部屋に引っ越し新しい生活を始めた。

ここからがいよいよ本番の、新しいシドニーライフの始まりだった。

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(女子のお悩み解決コラム -WomanNews ウーマンニュース-)