“How old are you?” (君は何歳なの?)
まただ。紙に書いてあるじゃないか。ちゃんと読んでくれ。そして信じろ。
“I’m 26 years old” (26歳です)
その年には見えない、と門前払いされた。私はシドニーで仕事を探していた。

日本のように、無料の求人誌なんてないので、インターネットで探すか、直接自分が雇って欲しいと思う店にレジメ(履歴書)を持って配って回るかだ。とりあえず、自分の気になる店や、雇って欲しい店には大体行ってみた。
ま、半分は門前払いだが。英語がまだ接客に不十分な小さいアジア人だから仕方がない。それでも、いくつか返事がきて、面接した。

最終的に私が選んだのは、日本の本当の板前さんが美味しいお寿司を握る、和食ベースのコース料理のお店だった。メインシェフ(板長)の吉井さんは、「美味しんぼ」にも何度も出てくる有名な寿司職人だった。たぐい稀に繊細な舌を持つ吉井さんは、ウニの軍艦をきゅうりで巻いていた。海苔ではウニの味がかき消されてしまうから、と。それを刈谷先生も、感動したらしくマンガに描いていた。
私も何度か食べさせてもらったが、本当に美味しかった。海外の和食店とはいえ、日本のへたな寿司屋さんより、本当に美味しいお寿司だった。そして他のコース料理も、絶品ぞろいだ。その店は、数年連続でオーストラリアで1番美味しい日本料理屋に選ばれていた。だから店は厳しい。料理人たちのプライドも高く、接客も一流のモノを求められた。海外にきてまで和食か、とも一瞬思ったが、開けた道には意味がある。わたしは、日本での和食の経験が買われ雇われた。

でもここでは、お客様も半分以上が外国人で英語での接客、料理の説明が必須だった。数種類のコース料理を、日本語と英語で全て説明できるようにならなければいけなかった。和食経験の長い私にも、英語で全て説明するのは初めてだったし、かなりの難問だった。スタッフは、ほぼ全て日本人。オーナーはオーストラリア人で、何店舗か他の店も経営していた。店のマネージャーもオーストラリア人で、ブルースという名の、ヒステリックで気分屋なゲイの男性だった。私はここで、丁寧な接客と、彼と喧嘩をするために英語を覚えたようなものだった。

母国語以外の言葉で会話能力のないうちは、まず、人の言う事を理解するのが大変だ。それから、Yes, Noで返事ができるようになる。そして次にようやく自分の意見が言えるようになるのだ。その能力を圧倒的に飛躍させ、プッシュしてくれるのが「怒り」の感情だ。最初はわからないから、相手の言いなりになるしかない。怒られれば謝る。だんだんそれが、言葉がわかるようになってくると、理不尽なことに怒りが生まれる。そして自分の言いたいことを言いかえしたいが為に必死で言葉を探すようになり、話せるようになる。

新しい言語の習得に一番有効なのは、恋か喧嘩だとあたしは想う。相手を理解しようとする気持ち、又は自分の感情を表現しようという強い気持ちが一番の学習の種になるのだ。

“Sea urchin egg cup”(名物のウニ玉と呼ばれていた料理)ブルースに発音を直されている。
「シーアーチン エッグカップ」”NO, listen!!” (違うよ!ちゃんと聞け!)“Sea urchin egg cup”
はあ、うるさいなあ、もう。料理の名前から、何で作られているか、どうやって食べるかまでの説明を全て日本語と英語で覚える。簡単ではない。そして、最終的にこうやってブルースに発音を直される。自分は日本語を一向に覚えようとしないくせに、この時ばかりはひどく強気だ。まあ、仕方がない、我慢、我慢。
“Sea urchin egg cup”ようやくOKをもらう。ブルースは、女装はしないが、心の中が完全に女性、ヒステリックなおばちゃんだ。でも、愛嬌があるので、機嫌のいい時のブルースは好きだった。でも、イライラしている時のブルースは大っ嫌いだ。何かとひとに当たり散らす。そして、日本人のように謝る習慣がないので、とりあえず何か問題があると、いつも全力で自分の間違いを否定する。絶対に負けを認めない、言い訳の嵐だ。これには他のスタッフも吉井さんも度々怒っていた。でも、イラッとしてもなぜか結局、憎めないおばちゃんなのである。

最初は怒りっぽいブルースが怖くて嫌いで仕方がなかった。でも色々英語が理解できるようになり、わたしも喧嘩をするようになっていた。すると徐々に彼本来のダメな部分や素直さや、おどけた魅力がわかってきて、いつのまにか友達になった。なんたって、わたしの住んでいた場所がゲイタウンのど真ん中だったので、よく一緒に飲みにいくようになった。
ブルースはゲイタウンでは、顔の広い存在だった。彼は彼で日本人の中、一人で働くオーストラリア人、としての大きなストレスを抱えていたし。そもそも同性愛者である、という大きな問題を抱えた大変な人生も歩んでもいた。家族にはカミングアウトできないまま40歳になってしまったと。いつも嘆いていた。みんな色々あるのだ、そうなのだ。でも、可愛い男の子をみると、とたんに目をキラキラと輝かせて元気になる素直さが、なんとも憎めず好きだった。
2人で同時に素敵な男の子をみつけると、真剣か冗談かわからないテンションでよく喧嘩をしながら取り合った。まあ、ゲイタウンでの話なので、大抵相手もゲイであるから、私が負けるのが常だ。たまに相手がバイセクシャルだったりすると、話がややこしくなるので、あたしは逃げた。でもそれをお互い楽しんでいたし、ブルースが大喜びで誇らしげに腕を組んで、その相手と帰って行くのが好きだった。




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