オーストラリアに来て約2か月。約一カ月のホームステイの後、ここなら安全だから、と皆に言われて高級祐宅街に高い家賃を払って住んでいたのに・・。

まさか、酒乱のハウスメイトが、ハウスオーナーの指を噛みちぎる。という、とんでもない事件に巻き込まれてしまい、私は半ばもうどうでも良くなった。こうなったら、ものすごく安い部屋に住んでやる!というやけくそな気持ちと、とにかくその家を出たい一心で即決した私の新しい部屋。それは、泣く子も黙るゲイタウンにあった。

一見明るく華やかにみえるレインボーの旗がはためくが、それはゲイタウンの象徴だった。
わたしは、レズビアンでない。この家に住んでいる、わたしを含む2人の日本人、2人の韓国人、ひとりのドイツ人の5人の女の子はみんなストレートだった。でも、住んでいるのはゴリゴリのゲイタウンだった。私には、もともとゲイやバイセクシャルの人に対して偏見は無かった。ただ、日本のわたしの住んでいた街では当時そんなに見かけなかったし「そんな人だっているだろうよ。」くらいに思っていた。

だがしかし、その街には私の予想以上のドラマが日々赤裸々に刻まれていた。

朝、眠い目をこすりながら家を出て、通りに出た。後ろから、”Hu-Hu- , Ha-Ha” 誰かの走る音と呼吸音が聴こえ、それが私を追い越して行った。追い越して行ったその存在達の後姿に私は朝から度肝を抜かれた・・。ランニングをしていたのはゲイのおじさんカップルで、お互い上半身裸に汗をテカテカにかきながら、お揃いの蛍光色のランニングブリーフをはいてお互いの腰を内側の手で抱いて、二人三脚のような姿勢で走って行った・・。え・・。とりあえず、走りにくいだろうに・・。

驚いて、しばらくその後姿を眺めて突っ立っていた・・。我に返って気を取り直して、また歩き出すと、今度は誰かのパンツ(男性用)を見つけた・・。パンツを・・、なんで道端に落としていくのだろうか・・。あまり深く考えないようにして、歩いた。
メインストリートに出ると、昨日から飲みっぱなしのような人たちがまだ道端で笑い合っている。歩道には色んなものが落ちている、それを一生懸命掃除する清掃員の横を歩いていく。シドニーは朝食文化が発達している。日本では、ディナーやランチミーティングはまだ多いかもしれないが。モーニングでミーティングやデートをする人も多かった。

数年前、日本に進出して有名になったオーストラリア発のパンケーキの有名店、”bills” の本店は、私の住んでいたこのゲイタウン、ダーリング・ハーストの中にあった。今日も、わたしはそこで友達と朝食の約束をしていて、そこに向かっていた。

“Hi, Good morning” “Hi” 美味しいリコッタ・パンケーキは、朝からゲイタウンの洗礼にビビるわたしを優しくなぐさめてくれた。友達と他愛のない話をして、美味しい朝食を食べ、それぞれの1日を始める。良い習慣だ、私は好きだ。Billsがなつかしい。
朝食をすませ、時間のある私は、もういちど家に帰った。朝のゲイタウンには、色んなモノがまだ落ちている。200mくらいの帰り道で、$20札を2枚拾った。ゲイタウンでは、拾ったお金を警察に届けると、警官にめんどくさがられたり、かえって不審がられてIDを見せろとか言われるので、もう勝手にポケットに入れることにしていた。早起きは三文の得ってやつだ、有難くいただく。

家に帰ると、ドイツ人の女の子が学校に行くところだった。”Hi, Yuki. Have a great day.”
瞳が印象的で、真面目で勤勉な女の子だった。彼女がゲイタウンのメインストリートを歩くのは、私が歩くのと同じくらいに滑稽だなと思って、ふっと笑った。

部屋に戻り、狭い部屋で少し考え事をしてから、ノートを広げて歌詞を書いた。私はたまに、音もなく何もない空間で、ただあてもなくただ言葉だけを吐き出す。
ノートにつらつらと詩や、単語や言葉、言葉を羅列する。それは時に文章になり、物語になり、歌詞にも成りうるが。大半はただ、吐き出された言葉の羅列に過ぎない。
順序正しく並ぶ文字もあれば、渦を巻く文字もあり、時には絵も混じり込む、そこに何かの決まりや制限はなく、ただ出てくるものを吐き出すのだ。

たぶん、わたしは、歌手である前に詩人なのだ。自分ではそう思っている。ただ、音楽も好きで、うたもそこそこ歌えたので、言葉を伝える為に歌手になった。一通り、文字を言葉を吐き出してすっきりしたので、学校に行く準備をした。




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(女子のお悩み解決コラム -WomanNews ウーマンニュース-)