2016年1月10日、英国の天才的なロック・スターで俳優でもあったデヴィッド・ボウイ(本名デヴィッド・ロバート・ヘイウッド・ジョーンズ)さんが69歳で亡くなられました。今の20代以下の日本の女子のみなさんは、特にロック音楽などに興味がない場合は、「この人、そんなに凄い人なの?」とおっしゃるかもしれません。そこで、そういった疑問をお持ちの女子のみなさんに、今の世の中に身近に存在する「ボウイさんの影響で定着した文化」をご紹介するとともに、1970年代以降の20世紀終盤に青春を生きた日本の女子たちを、ボウイさんの何が魅了したのかについてお話しさせていただきます。


【今日の「おネエ」文化が許容される素地をわが国にも作ってくれたのがボウイさんです】

ご存知の通り、ボウイさんはたいへんな美男子で背も高く、男性である筆者からしても羨ましいほどの「二枚目」です。その生き方や発言録をみるかぎり、そのパーソナリティーはとても男性的で、本物のジェントルマンシップを持った英国人男性の生き残りという表現がぴったりきます。そのボウイさんがアートの一つのメソッドとして1970年代の初頭から取り入れたのが、女性のしぐさやメイク、ファッション・センスなどをデフォルメ化して使用する方法です。
1972年リリースのアルバム、『ジギー・スターダスト』の大成功はそこから生まれました。同アルバムのオープニングを飾る名曲『ファイブ・イヤーズ』は、地球があと5年で滅亡してしまうことがわかった時の街の様子を歌った曲ですが、6月のアルバム・リリース前に同年の2月にBBCスタジオで収録されたヴァージョンなどを見るともう圧巻で、女性のメイクをしたボウイさんが女性の声とも男性の声ともつかぬような澄み切った声で「あと5年」「残された時間は5年しかないんだ」と、我を忘れた少年のように叫びつづけます。

ボウイさんはその後1983年公開の日英豪新合作映画『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督作品)で、坂本龍一さんが演じる旧日本陸軍のヨノイ大尉に一目ぼれされる英軍少佐ジャック・セリアズ役を好演しますが、この「女子だろうが男子だろうが美しいものは美しい」という今でこそ当たり前になった感性と文化を世の中に定着させた最大の功労者がボウイさんだったのです。その意味で今の「女装家」や「おネエ」のかたがたには、ボウイさんへの感謝の気持ちを忘れないでいただきたいと思います。で、それは別にして、20世紀終盤に青春を生きた日本の女子の人たちがボウイさんに魅了された最大の理由は、簡単です。理屈抜きに「格好いい」「格好良かった」からです。女性の化粧をしていようが何だろうが、格好いいものは格好よかったからです。しかも、その妖艶さを醸し出すツールとして日本の歌舞伎にインスパイアされた衣装やメイクが巧みに取り入れられていることも、見逃すことはできません。


【会って話したことはなくても伝わってくる「にじみ出る思いやりと優しさ」が女子心を打ちのめしたのです】

そんなボウイさんが亡くなられて、生前のボウイさんと交流のあった世界中のアーティストたちから寄せられたコメントをみると、みなさん異口同音に「思いやりと優しさが半端じゃない人だった」というものばかりです。
ほんの一例ですがボウイさんの1970年代のワールドツアーで衣装を担当した日本人デザイナーの山本寛斎さんは、「服のデザインでああして欲しい、こうして欲しいなどと言われたことはない」という追悼文を朝日新聞に寄せています。プロが真剣にやった仕事に対して注文をつけるなどといった行為は、思いやりのかたまりのようなボウイさんの美意識にはそぐわないものだったのでしょう。

ボウイさんはご自分が「バイセクシュアル」(男性と女性いずれの性に対しても性的な魅力を感じる傾向を持つ人。またそういうライフスタイルを送ること。両性愛者。/「はてなキーワード」より)であることを公言されていましたが、『戦場のメリークリスマス』における一つのテーマがそうであったように、「規格外に優しく男らしい男性の中にはバイセクシュアルの男性が比較的多くみられる」という仮説を、その生き方をもって立証してみせた男性であったと言うことができるかもしれません。このようなにじみ出る人柄というのは、たとえ実際に会ったことはなくても伝わるものですね。


【一時期京都に住むほどの日本びいきで戦後の日本人を愛してくれたボウイさんを日本の女性も愛したのです】

ボウイさんが戦後の日本社会と日本人、日本女性に敬意を持ち、心から愛してくださっていたことは多くの人が知るところです。1980年頃の一時期には京都に住み、古川町商店街で買い物をしたり阪急電車で移動したりしている姿を見かけたことのある当時の日本人は少なくありません。ボウイさんが愛したのは権力に同調して本当は優しいのに残酷になってしまう『戦場のメリークリスマス』に登場するような多くの日本人ではなく、ヨノイ大尉のように他人に同調せず自分の考えをしっかり持ち、人種や民族といった枠組みを超えて人を人として愛すことができる戦後の日本人でした。そういった趣旨のことはボウイさんをよく知るヘリーン・マリー・サイアンという服飾研究者の人も証言しているようで、ボウイさんは「いろいろあった戦後の世界を、自分の創造力で癒すのだ」という言葉で、戦後日本への敬意を表していたようです。


愛されて、嫌な思いをする人はいません。20世紀終盤に青春を過ごした日本の女子たちは、自分たちを愛してくれたボウイさんのことを、愛したのだと言うことができるでしょう。




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画像引用元:NME JAPAN 公式ホームページ

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