筆者の高校の先輩に、松本隆さんという作詞家がいます。と言っても松本さんの方が10歳も年上なので直接の面識はないのですが、筆者は高校1年生だった1975年の暮れに太田裕美さんが歌う『木綿のハンカチーフ』という曲を聴いて、松本隆さんという作詞家をリスペクトするようになりました。以後、松本さんは松任谷由実さんや松田聖子さんとのタッグで作詞家としての地位を確固たるものとして行かれ、2015年には活動45周年を迎えられました。多くのアーティストたちに提供してきた楽曲はゆうに2000曲を超えるそうです。

この松本さんが書く詞ですが、女子の人たちが「どうしてそんな女子心がわかっちゃうの?」と言うくらい、女性の気持ちを的確に表現していることで有名です。松本さんが作詞したJ-POPの数々のヒット曲を聴いて青春時代を過ごしてきた女性たちは今アラフィフ以上の年代に入ってきていますが、今でもそのことを不思議に思っている人が多いようです。そこで今回は、松本さんの詞による楽曲を数多く歌い、おそらく一番沢山のヒットを飛ばしたであろうと思われるシンガーソングライターの太田裕美さん歌唱の松本隆作品をあらためて聴くことによって、その謎に迫ってみたいと思います。


【路面電車でガタゴト走り橋を渡れば校庭がある のばした髪に帽子をのせたあいつの影が ねえ見えるようだわ】

(当時で言う)「シングルB面曲」でありながら“大好きだった”“情景が目に浮かんで、泣ける”という人がとても多い、太田裕美さんの陰の人気ナンバー『茶色の鞄』(1976年作品)の一節です。松本隆さんが最も得意とする“青春詞(ソング)”と言えます。この曲に登場する「不良ぶってた彼」は、この曲の主人公である「私」(彼のクラスメイトの女子)にだけはやさしく、誰かがいたずらで黒板に描いた相合傘を「黒板消しでおこって拭いた」ということですが、そんな彼とも卒業後は「写真の中で逢えるだけ」の仲になっていってしまうようです。そしてほんのときどき彼女は、あの頃使っていた、ぺちゃんこになった「茶色の鞄」を机の奥から引っ張り出して、彼との思い出に思いをはせるという詞です。で、これって考えてみたらどんな女子でも、全く同じとは言わないまでも似たような経験をお持ちではありませんでしょうか? そうなのです。松本さんの詞というのは何も特別なことを歌っているわけでも何でもなく、誰もが持っている共通の原体験をその鋭い感性であえて抽出し、それを言葉で表現しているのですね。だから「女子心」も描けてしまうのです。何故なら、青春や恋愛は女子と男子の共通体験なわけですから、相手を思いやる気持ちがあれば、相手の性の気持ちだって相当程度わかるのです。


【もういちど そうおずおずと言った時 指を鳴らしてあなたは珈琲たのんだ その先を言わせないのがやさしさね】

1978年リリースの太田裕美さんのオリジナルアルバム『ELEGANCE』に収録されている、松本隆作詞作品『ピッツア・ハウス22時』の一節です。別れぎわのカップルが最後に二人でよく来たピッツァ・ハウスに入るのですが、当然のことながら話しははずまない。女子の方は「童話書くって言ってたあの娘、まだ22で離婚ですって」などと、他人(ひと)のカップルの離婚話しなどを持ち出して、自分たちは「もういちど!」と言いかけるのですが、彼の方が珈琲をたのむことによってそれを遮(さえぎ)ります。そして彼女も、もう覆水は盆に返らないことがわかっているため、「その先を言わせないのが(あなたの)やさしさね」と、納得するのです。都会の、とあるピッツァ・ハウスでの22時の光景を描いた楽曲です。
この詞を見ても、「彼の方がちょっとキザっぽくないか?」といったご意見はあるかもしれませんが、青春時代のカップルにはよくある光景と言えます。たぶん松本隆さんという人は、戦後の日本の若者が普通に経験する恋愛や青春といったものを、普通に、しかしやさしい眼をもって見つめてきたのだろうと思います。

松本さん自身は、「詞が女子の心をズバリ言い当てている」とか「詞が、やさしい。男性が書いた詞にみえない」といった評価に対して、「実はぼくには生まれつき病弱だった妹がいて、早くに亡くなっているのです。詞が“やさしい”と言われる理由は、その辺にあるのではないかと思っています」といった趣旨のことを、公に語っているようです。聴き手がまるで「女子の心理を視透せるマジシャン」のように思っていた松本隆さんという人は、実は魔術師でも何でもなく、女子のことも男子のことも思いやりをもって見つめることができる、突出した感性を持った普通の一市民だったのかもしれません。

<参考:『HIROMI OHTA THE BEST』(1997リリース)の、太田裕美自身によるライナーノート>




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