私が、シドニーで運良く働かせてもらうことができた日本料理屋さんは、とってもすごいお店だった。オーストラリアの日本料理店として、何度も一位をとり、いくつも星をもらっていた高級料理店だ。海外での日本食の一般的なイメージは結構レベルが低いかもしれないけれど、いやいやちょっと考えて。日本でも、フレンチやイタリアンがあるでしょう?その中でも日本でナンバーワンをとるお店があれば、そのお店は異国の料理だとしても、かなりのトップクラスなのです。その店が日本にきても、もちろんトップクラスの美味しさ。

メインシェフの吉井さんは、「美味しんぼ」のマンガに3度も登場している板前さんで、優しく、そして料理や仕事に関してはひどく厳しかった。まぁ、職人さんなのだから厳しいのは当然だ。でも他の料理人とは違う、本当に真髄の芸術家だった。そう、吉井さんの料理は、味はもちろん驚くほどの繊細さと完璧さを持っていて、そしてそれはすべて常に芸術的なのだ。おもしろい具合のサドッ気と、遊び心もあって、楽しく、愛のあるひとだった。その店で働くスタッフを、ひとつの家族のように、いつも大切にしていた。自分は舌を大切にする人だから、お酒もタバコも全然しないのに、よくみんなをカラオケやご飯に連れてってくれた。だから、厳しいけどきっと、みんな仲良く頑張れていたのだ。

最初の1,2か月は、覚えることの多さに驚き、仕事のプレッシャーと言葉の不自由さからくるストレスで毎日泣きながら帰った。ブルースからは、毎日意味の分からないストレスを当てられ、吉井さんからも、仕事中は何度となく怒鳴られた。でも、こんな片言の英語で入れてもらったからには、頑張らなきゃいけなかった。徐々に説明できる料理が増えていき、それにつれて仕事も増えて難しくなっていった。

コース料理の最後に吉井さんのお寿司が食事として出るのだが、お寿司職人は、吉井さんと、もう一人のおじさんしかいなかったので、それがあまり他のテーブルと重なってはいけなかった。そこを上手く調節しながら料理を進めていかないと、ひどく怒られた。職人さんに迷惑をかけてはいけない。でもお客様のご希望やペースも存在する。その辺が難しいところだ。忙しい時の吉井さんはとても怖かった。でも、仕事が終われば笑って慰めてくれたし、許してくれた。だからみんな吉井さんが大好きだったし、彼の料理を心から尊敬していた。

そんなある日、私は風邪をひいて寝込んでしまった。お店にも出られず数日間お休みをもらった。海外で病気をするのは、なんともしんどく心細かった。なんとか回復して外に出られるようになり、店の終わる時間帯に、ふらふらしながらお店に顔をだした。

「何日もお休みしてすみません、だいぶよくなりました・・」
「おお、大丈夫だったか?大分やられてるなあ・・。笑。」

みんなに色々からかわれながら、お休みを謝った。みんなが、店の片づけをしている間、ホールのテーブルに腰掛けて代わる代わる現れるスタッフと話をしていた。

そろそろ、帰ろうかなと思った時に、「あ、ゆきちゃん、もうちょっと待って」と呼び止められた。「あ、はい」と、大人しくそのまま座って待っていた。
しばらくすると、厨房の中から、お寿司以外のコース料理の総括をしている、料理長の寺本さんが何かを持って出てきてくれた。「ほら、ゆきちゃん、これ食べな。」ぼうっとした頭で、「なんだろう?」と思いながら受け取った。

料理長が私に手渡してくれたのは、『たまご粥』だった・・。異国の地で体調を崩して、なんだか心細くなっていたわたしは、想わず涙を流してしまった。「泣くなよ~、どうした~?」頭ポンポンされて、またからかわれながらも、私は嬉しくてオイオイ泣いた。

良い店に来たな、と思った。そしていい人たちの中で、私は働いていた。あんなに美味しい「たまご粥」には、2度と会えない気がする。本当にそのくらい美味しかった。
あの「たまご粥」を私は、きっと一生忘れられない。

海外で弱っている時にフイに出される「たまご粥」と、坂本九の「上をむいて歩こう」は絶品です。オイオイ泣きです、ありがとう。

植物性発酵素材配合「スルスルこうそ」  

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