「美空ひばり」、と聞くと皆さんはどんなイメージが浮かびますか。「演歌の女王」「昭和の大スター」「戦後の歌姫」とかそんな感じでしょうか。確かに彼女は歌手人生の中でそんな一面がずっとフォーカスされていましたが、もともと12歳でデビューしたばかりの頃は、当時流行していたブギのリズムに乗せた楽曲を多く歌っていました。そしてその次に彼女がはまったもの。それはジャズ(Jazz)。まだ10代後半、そして20代の若かりし頃のひばりさんが録音したジャズ(Jazz)の名曲は数多くあるんです。実は当時の日本は叩き上げの名サックスプレイヤーが何人もいて、若者の音楽といえばJazz。今でいうとEDMみたいな感じでしょうか。
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1. A列車でいこう
ジャズのスタンダードナンバーとして有名なこの楽曲をひばりさんが録音したのはなんと17才頃。初めて聴いた時はその見事な「スウィング」に誰もが驚くでしょう。日本のシンガーでこれほどスウィングするシンガーってあまりいないと思います。最初は日本語の訳詞で歌い始めて、途中から原語である英語の歌詞にスイッチして一気にスキャットを畳みかけるところなんて、もうすごくかっこいいのです。これで英語は終生喋れなかったなんて信じられません。

2. 上海
若くして日本の歌謡界の頂点に立つスーパースターとなったひばりさんが、このドリス・デイがヒットさせた「上海」をレコーディングしたのは、1952年。なんと当時彼女は15歳。彼女はこれだけ異国の歌を違和感なく歌いこなすことができるのは、戦後の米軍基地でのライブ活動でジャズの本場であるアメリカのミュージシャンたちとセッションし、センスを磨いたことが大きいでしょう。そして天性の才能である音感と抜群の耳の良さもあったのだろうと思います。

その後「りんご追分」など、演歌、民謡、といった日本のトラディショナルな曲がヒットし、こういったジャンルは曲として発売することは少なくなっていったようですが、それでもライブやコンサートなどではよく披露していた様。最近はItunesなどの音楽配信サイトで高音質なハイレゾ音源が発売されチャート上位を占めたりなど、何度目かの再評価を受け人気が高まっている美空ひばりさん。皆さんもぜひ聞いてみてくださいね。


 
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