昭和歌謡のアナログ・レコードが売れています。あるチェーンのCDショップが東京・新宿に出している昭和歌謡専門のアナログ・レコード店には、店にあるどのレコードでもその場でレコード・プレーヤーにかけ試聴できるということもあり、連日日本中(いや、世界中)から多くのお客さんがやって来ます。

お客さんは国籍も住んでいる場所も年齢も職業も性別も実にさまざまで、驚くのは「昭和歌謡」だからといって筆者のような「昭和の人間」ばかりがやって来るというわけではない点です。高校生、大学生から20代なかごろの社会人にいたるまで、明らかに「平成生まれ」の若い人たちがお目当ての昭和歌謡のレコードを探しに日々集まって来ているのです。

【ビートルズ登場以降の昭和歌謡は音楽的にも斬新。さらにプラスアルファの魅力もある】

ビートルズの登場以降にポピュラー音楽を聴くようになった今の50代以下の人たちにとって、ビートルズ以前のポピュラー音楽がどうしても退屈に聴こえてしまうのは、ある意味しかたのないことです。それに比べて、昭和の歌謡曲と平成のJ-POPの間にはそれほどまでの音楽の技術的な差異は感じられません。

いい例が、1980年に発売された西城秀樹さんの『眠れぬ夜』です。27万枚以上を売り上げた昭和歌謡の代表曲の一つですが、もともと1975年にオフコースがリリースした小田和正さん作詞・作曲の楽曲ですので、音楽的にも斬新で平成になって28年目になる今聴いても全然古臭さを感じません。

つまり、昭和歌謡といってもビートルズ登場以降のものであれば、現在のJ-POPに通ずるような音楽性を兼ね備えているということであり、さらに「プラスアルファ」の魅力があるから平成生まれの若い人たちからも支持されているということなのです。

【昭和歌謡にある「プラスアルファ」の魅力とは、その詞にちりばめられた宝石のような言葉たち】

昭和歌謡にある「プラスアルファ」の魅力とは、その詞にちりばめられた宝石のような言葉たちです。昭和歌謡の歌詞は、聴く人の傷ついた心をワン・フレーズで癒してしまいます。たとえばこのように。

「失くしたものなど何もないけれど 白いくつ下 もう似合わないでしょう」
(アグネス・チャン『白いくつ下は似合わない』 作詞・作曲 荒井由実 1975年発売)

「すわる人のいない木造りのゆりいすが 陽ざしの中でゆれてながい影をおとす
季節のかわる気配に振り返ってみたけれど 白い陽ざしがまぶしすぎて もう君をさがせない もう君をさがせない」
(布施明『陽ざしの中で』 作詞 関真次 作曲 吉川忠英 1976年発売)

「雨に濡れながらたたずむひとがいる 傘の花が咲く土曜の昼下がり」
(三善英史『雨』 作詞 千家和也 作曲 浜圭介 1972年発売)

「きっとあの人を想い出にできなくて 行くあてもなく歩いていたのね 話してしまえば心が軽くなるから いつでも私に ふりむいて下さい」
(南沙織『木枯らしの精』 作詞・作曲 丸山圭子 1977年発売)

「誰からも 恋をしていると からかわれ それだけがうれしい私です 愛しているといわれた時がだんだん遠くなるみたい 手紙 読んだら 少しでいいから 私のもとへ来て下さい 私のもとへ来て下さい」
(あべ静江『みずいろの手紙』 作詞 阿久悠 作曲 三木たかし 1973年発売)

「冬のリヴィエラ 人生ってやつは 思い通りにならないものさ 愛しければ愛しいほど 背中合わせになる」
(森進一『冬のリヴィエラ』 作詞 松本隆 作曲 大瀧詠一 1982年発売)

【昭和歌謡があったから道を間違えずにやって来れたけれど……】

さだまさしさんの楽曲『風に立つライオン』は1987年(昭和62年)という、昭和の最後に発売されたシングル曲ですが、その歌詞の中にはこういうフレーズがあります。

「やはり僕たちの国は残念だけれど何か大切な処で道を間違えたようですね」
(さだまさし『風に立つライオン』 作詞・作曲 さだまさし 1987年発売)

さすがはさだまさしさんですね。昭和歌謡が存在していた1980年代前半頃まではまだギリギリのところで国民が共通の感性を持っていたわが国は、その後バブルの崩壊とリーマンショック、東日本大震災と中産階級の消滅を経て、まったく違う人生観を持った国民がややもすると対立する構造の国になりました。

国会論戦を見ていれば分かるように、一方の人たちは他方の人たちの言葉の意味すらも理解しようとさえしていません。これでは「話し合い」というものは成り立つわけがなく、昭和歌謡と戦後の日本が大事にした「理解」、「慈愛」、「会話」、「共感」、「公平」といった価値(さだまさしさんが言うところの“大切な処”)は昭和歌謡の消滅とともにわたしたちの国からは消え去ったのです。EXILEさんがいくら「絆だ!」と叫んでくださっても、その声は一方の感性の人たちにしか届かないのです。

だからこそ、平成生まれの若い人たちが、昭和歌謡に惹かれるのではないでしょうか。なぜならば、人間は「それでも、やっぱり、一人では生きて行けない存在」だからです。会話が成り立たないくらい感性の違う相手とでも、せめて人として共通する部分でだけでも理解し合いたい。そう考えると、平成生まれの女子が「人を好きになる感情」とか「好きな人の力になりたい気持ち」といった部分で昭和歌謡に魅せられるのは、とても自然なこととして理解することができます。昭和歌謡は、これからも歌い継がれて行くことでしょう。



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