「明治日本の産業革命遺産」への登録を勧告された軍艦島をはじめ見どころたくさんの長崎。世界遺産候補、そしてたくさんの名所を見る長崎の旅を楽しんでみませんか。異国情緒漂う不思議な魅力の虜になってしまいますよ。

「世界遺産」「明治日本の産業革命遺産」

ますは世界遺産とはどんなものか、1度おさらいしましょう。
世界遺産とは、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から引き継がれた貴重な宝物です。世界遺産にはさまざまな国や地域に住む人々が誇る文化財や自然環境などがあります。
中には、人類の残酷な歴史を刻むもの、また戦争や自然災害、環境汚染などにより危機にさらされているものも含まれています。それらは国際協力を通じた保護のもと、国境を越え今日に生きる世界のすべての人々が共有し、次の世代に受け継いでいくものです。

この度勧告を受けた23施設
・萩反射炉
・恵美須ヶ鼻造船所跡
・大板山たたら製鉄遺跡
・萩城下町
・松下村塾
・小菅修船場跡
・三菱長崎造船所
・三菱長崎造船所ジャイアント・カンチレバークレーン
・三菱長崎造船所占勝閣
・旧グラバー住宅
・橋野鉄鉱山・高炉跡
・韮山反射炉
・官営八幡製鉄所
・遠賀川水源地ポンプ場
・三重津海軍所跡
・三池炭鉱・三池港
・三角西港
・高島炭鉱
・端島炭鉱
・三角西港
・旧集成館
・寺山丹窯跡
・関吉の疎水溝

日本各地の候補地は、にぎわっているようですが、その中から長崎への旅を選んでみました。

※軍艦島

軍艦島は、かなり話題になりましたね。
かなり前から廃墟マニアの間では有名な島だったようです。
そして、「軍艦島を世界遺産にする会」が発足して12年。初めは誰も相手にしてくれなかったそうです。そこから12年もの間、夢にまで見たこの度の勧告だったのでしょう。
軍艦島(端島・はしま)は長崎港から船で40分ほどの距離に浮かび、伊王島、高島、中之島の先に位置しています。陸路では、長崎半島最南端の野母崎半島は、軍艦島が最も近く望まれ、「軍艦」の形に見える位置となっています。
「軍艦島資料館」があります。
付近の海域は潮の流れが荒く、僅かな風邪でも波の様相は一変することもあり、慎重かつ安全な運行が必要です。
軍艦島の桟橋も、台風によってコンクリートごと根こそぎ吹き飛ばされて流出してしまった経験を踏まえて「ドルフィン桟橋」が出来上がりました。
石炭全盛期。24時間3交代でフル稼業の島でした。真夜中でも明るく、不夜城と呼ばれていました。
海底炭田の採掘地として栄えたが、現在は無人の「廃墟の島」。
炭鉱施設の多くは解体されており、朽ちたコンクリートの高層住宅だけが残っている。外国の建築家などからも研究の対象として人気となっています。
2007年から約1億500万円を投じて桟橋や見学用の通路を整備しました。
軍艦島への上陸は、年間100日ほどだとされています。4月~10月が上陸シーズンとなっています。
日本の産業革命を支えた廃墟。当時の人々の息杖が聞こえてきそうなロマンあふれる島へ上陸してみたいと思いませんか。
(参考 軍艦島コンシェルジュ http://www.gunkanjima-concierge.com/

※グラバー園

長崎港を望む小高い丘の外国人居留地約3万3000平方メートルの敷地に、国指定重要文化財の旧グラバー住宅、旧リンガー住宅、旧オルト住宅と市内各所から6棟の洋館を移築復元した施設です。
その中で、「旧グラバー住宅」が世界遺産にふさわしいとの勧告を受けました。
スコットランドから渡来したトーマス・プレーク・グラバーが、南山手の丘に住まいを建設したのは1863年のことです。当時の長崎の町は、日本の新しい夜明けを夢見る人々の熱気であふれていました。
異国の商人、幕末の志士、西洋の学問を志す日本の若者たち。それらの人々が大志を抱き、待ちの中を闊歩していたことを想像してみて下さい。あれから100年以上たった今でもその熱気が感じられるかもしれません。
旧グラバー住宅は日本に現存する最古の木造洋風住宅で、正面玄関を設けないクローバーのような形をしいます。
そして、女性には楽しいお楽しみもありますよ。
グラバー園の中にはハートの石が3つあり、「触れると恋が叶う」「2つ見つけるとよいことがある」といわれています。園内を歩きながら、見つけてみるのも楽しいですね。

今日の日本があるのも、そんな時代があったからと感謝しながら長崎めぐりしてみてはいかがでしょうか。





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