「わたし、職人になりたいんです」

近年、このようにおっしゃる10代後半から30代くらいの女性が急激に増えています。筆者の周りにも、現時点でさほど収入につながってはいないものの高名な師匠のもとでギター作り職人の修行中である20代の女性をはじめとして何人かの人が、実際に「職人女子」のタマゴとして日々奮闘していらっしゃいます。その人たちに、何故あえて厳しい職人の道を目指すのかと訊くと必ずといっていいほど返ってくるのが、「だって、今やっている非正規の仕事は、この先に何の希望もないから。どうせ正社員の就職口など無いのなら、やり甲斐が実感できていずれは自分の腕一本で生活できるようになる職人を今から志した方がいいですよ」といった主旨の答えなのです。


【初就職の約5割が非正規労働者としての就職という、わが国の女性を取り巻く雇用環境の厳しい現実】

確かに、2008年に起きたリーマンショック後数年間の景気の低迷とそれに伴う就職氷河期のことを思うと、景気は回復傾向にあります。
とはいえ、厚生労働省の「一般職業紹介状況」をみると、こと正社員の有効求人倍率に関しては最新の2015年の統計でも0.76倍と1倍をはるかに下回っていて、いまだに低い水準にあります。
さらに、総務省の「就業構造基本調査」では、初就職が非正規労働者としての就職であったという人はこの失われた20年の間でどんどん増えつづけ、平成24年版のデータでは男性で29.1%、女性は49.3%と約5割に上ることがわかっています。
筆者の周りの非正規で働く女性たちが「この先に何の希望もない」と言う理由の一つは、このようなところにもあるのだろうと思われます。

<参考:週刊東洋経済2015年10月17日号特集『絶望の非正規』>


【世界的には労働の非正規化はもっと進むというのが理論経済学の定説で、職人女子志望者急増の理由】

労働の非正規化は世界中でもっともっと進むであろうという考え方は、今では理論経済学の分野では定説になりつつあります。
『21世紀の資本』の著者であるフランスのトマ・ピケティ博士の名前を聞かれたことがあるかたは多いと思いますが、わが国でピケティに近い立場をとる経済学博士の水野和夫氏らは、ここ何世紀もの間人類が経済の基本システムとして採用してきた資本主義は、アジア・アフリカ・中南米といった「辺境の地」を開拓し、安い賃金で働いてくれる大量の人々を発掘することで利益を上げ発展してきたけれど、もはやこの地球上にそのような辺境の地は存在しなくなりつつあり、各国とも自分の国の中に「安い賃金で働いてくれる大量の人々」を人為的に作りはじめたわけで、労働の非正規化はその会社のCEO以外は全員非正規の状態になるまで進んで行くという主旨の説を、その著作の中で暗に示しているのです。
もともと女性の社会進出度合いが相対的に低かったわが国で、女性のみなさんがこの歴史的な空気を敏感に感じ取り、「どうせ正社員の就職口など無いのなら職人になっていずれは自分の腕一本で生きていってやるわとお思いになられたとしても、何ら不思議なことではないような気がします。

<参考文献:『資本主義の終焉と歴史の危機』水野和夫・著(2014年集英社新書)>


【一般的な「職人」の定義と、ここで言う「職人女子」の定義】

それでは、「なりたい」という女性が急増している職人とは、どのような仕事のことを指すのでしょうか。一般的な定義としては、「自ら身につけた熟練した技術によって、手作業で物を作り出すことを職業とする人のことである」というWikipediaの説明が、明瞭で分かりやすいと思います。
どちらかというと工業従事者にたいして使う概念で、同じ「陶磁器を作る人」でも芸術作品として作っている人は「陶芸家」という芸術家であって「職人」ではなく、工業製品というか商品として作っている人のことを「陶磁器職人」と呼ぶというニュアンスの例も、的を射ていると思います。
で、ここでは特に「正社員として雇用されていようがいまいが、その技術を身につけた腕一本で作業を行うことで生計を立てることができるかもしくは生計を立てられる可能性があるわが国の(または文化圏としてのわが国で暮らす)女性」のことを「職人女子」と、筆者は定義づけしたいと思います。それでは、標本とする母数が少ないためこれまであまり知られてこなかった職人の仕事の収入について、公開させていただくことにしましょう!

【職人と呼ばれる仕事の平均的な収入と、見習いクラス、中堅・名人クラスの収入】

●洋菓子職人(パティシエ) 平均年収314万円 勤務当初月給15万円 名人(勤務の場合で)年収500万円 独立して人気店となればさらに稼げるが個人店の経営は簡単ではありません。

●和菓子職人 平均年収300万円程度 勤務の場合の初任給10万円程度 中堅クラス(勤務の場合で)年収400万円 和菓子店は世襲制が多いため雇われて働く場合あまり高収入は期待できません。

●パン職人 平均年収300万円程度 勤務当初月給15万円程度 パン職人は正社員以外の求人がほとんどです。高収入を目指すのであれば独立する必要がありますが、独立のリスクは菓子系より低いです。

●ガラス細工職人(ガラス製品工) ガラス製品製造職人全体では年収250万円~350万円が一般的な水準 民間企業勤務のガラス製品工で平均年収423万円 勤続12年時の平均月給29万円程度 が一般的 江戸切子細工などの人気伝統工芸品の作り手は賞与額も多く志望者急増中ですが、工科系大学院の修士課程修了程度の専門的なテクノロジーを要する場合もあり、平均収入算出データからは除外されます。

●造園職人(庭師) 造園会社勤務の初任給16万円~20万円程度(ただし「住み込み」の場合はお小遣い程度。その代わり家賃・生活費はかかりません)勤務の場合でも日給月給制が主 独立し不動産屋等のクライアントを開拓すれば年収400万円~500万円は十分可能です。

●家具職人(家具工) 平均年収298万円 勤務の場合の初任給10万円程度 家具製作会社や工房の正社員として勤務する場合が多く、熟練した職長クラスは月給50万円程度が見込めます。ただし日本の家具製作会社は近年外国資本のグローバル企業に押され気味。世界ではステイタスの高い仕事です。

●木工芸職人(木製家具も含めた全体) 平均年収313万円 民間企業勤務の場合の平均月給24万円 箱根寄木細工のような伝統工芸品の職人は人気が高い傾向にあります。

●和裁職人(和裁士) 国家資格である1級・2級和裁技能士で正社員として和裁所に勤務した場合は平均年収216万~240万円 資格を持っていない場合和裁所勤務で正社員でも月給13万円~15万円程度 フリーランスの場合は年収150万円以下の和裁士も少なくありません。

●洋裁職人(洋裁士) 平均年収202万円 勤続12年時の平均月給16万円程度

●ミシン職人(ミシン縫製工) 平均年収191万円 勤続10年時の平均月給15万円程度

●ヘアカット職人(理・美容師) 勤務する事業所の規模で平均年収が大きく違うのが特徴です。従業員数が1,000人以上の規模の企業に勤務している場合は平均年収377万円 中・小規模事業所勤務だと平均年収273万円となります。ただし勤続5年程度の20代でその年収を稼げるのが特徴です。また、ヘアカットの仕事は比較的景気の良し悪しに左右されることが少なく、手に職をつけるという意味ではとても推奨度の高い、安定した職業だと言うことができます。ちなみに理容師が美容師と違う点はカミソリを使った顔そり業務が出来るところくらいで、両者の間にこれといった大きな違いはありません。

●ろくろ職人のうち陶磁器工 平均年収384万円 勤続年数14年時平均月給27万円

●ろくろ職人のうち旋盤工 平均年収412万円 勤続年数11年時平均月給30万円

●クレーン職人(クレーン運転士) 平均年収463万円 勤続年数12年時平均月給33万円

●鋳物職人(鋳物工) 平均年収453万円 勤続年数11年時平均月給31万円

●カバン職人(バッグデザイナー) 日本政策金融公庫の用語で「製造問屋」と呼ばれるのが、大規模な製造工場を持っていなくても商品の企画やデザインを自社で行い自社のブランドをつけて販売する形態のファッションメーカー・雑貨メーカーのこと。現代ではカバン職人の多くはこういった製造問屋に所属してバッグのデザインをしており、フリーとして製造問屋と契約を結んで報酬を得ているバッグデザイナーもいます。
昔のように工房にこもって頑固に革のカバンを縫製しているイメージとはちょっと違い、女性にとってとても魅力的な仕事といえますね。ただ、カバンの素材に関する専門知識は必須。また、デザインよりも丈夫な縫製などの「作ること」に重きを置く昔気質のカバン職人さんも男性を中心にまだまだ大勢いらっしゃいます。平均年収400万円 所属企業に認められれば500万円以上の年収のバッグデザイナー・カバン職人も珍しくありません。

<参考:「賃金構造基本統計調査」厚生労働省平成24年度版・平成25年度版・平成26年度版>
<参考:職業情報サイト「キャリアガーデン」>
<参考:「13歳のハローワーク」村上龍>


いかがでしたでしょうか。厚生労働省の調査結果に基づいた数字については可能な限り最新年度のものを記載させていただいておりますが、職人さんの年収や月収というテーマはそのサンプルの母数が絶対的に不足しているため(どうしてかと言うと、お金のことを口に出して言うのは恥ずかしいことだという美意識や感性もまた職人さんの持ち味だからです)、厚労省による統計調査を出典元としているとはいえお示しした今回の情報が必ずしも実態を反映していないおそれがあることを、念のため申し上げておきたいと思います。

実態を正しく表しているのは、今のわが国において勤労世代の女性たちの多くの割合を占めるようになった非正規で働く人たちが、「働くことによる自己実現」の受け皿として職人女子の道に強く惹かれ、関心を持っているという事実です。
一言で言うなら、お金は大事だけれどお金が全てではないという彼女たちの感性の問題で、筆者は彼女たちのそういった感性に日本の未来の希望を感じると同時に、本稿がほんの少しでも彼女たちの進路選択のお役に立てたらいいなと、願ってやまないのであります。



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(女子のお悩み解決コラム -WomanNews ウーマンニュース-)