2016年3月24日発売の「週刊新潮」で5人の女性との不倫を報じられ、同年夏の参院選への出馬を断念したとされているタレントの乙武洋匡氏(40)がこの4月5日、自身の誕生パーティーを開催しました。乙武氏と親交の深い文化人ら約250人の出席者に対し氏は、「今回の騒動は全て自分が悪い」と、パーティー終了まで一度も笑顔を見せない神妙さで陳謝したとのこと。ただ、驚きなのは、今回の騒動の一番の被害者であるはずの妻・仁美さんは何故だか終始明るい笑顔で、「すみません、うちのバカが」とか「もう次はないわよ」とか、まるで夫の不倫を意にも介していないような態度で話しをしていたということの方です。


【明治時代や戦前の政治家も「女子は“夫の不倫など当然で男の甲斐性”と思うべし」と妻に指導していた】

この報道にふれて筆者の頭に真っ先に思い浮かんだのは、明治時代や戦前の社会で、経済力のある夫がその性欲と権勢欲を満足させ、より大きな富と権力を手にするための原動力となるように妻以外にも囲う女性、すなわち「妾(めかけ)」という概念です。歯に衣をきせずに言うなら、乙武氏の浮気は実は妻に秘密にしてやっていた「不倫」行為ではなく、妻も夫により大きな富と権力を手に入れてもらうために承知のうえで許容していたことだったのではないか、ということなのです。戦前の社会では「家父長」としての父親や夫から、「女子は“夫の不倫など当然で男の甲斐性”と思うべし」と、娘や妻に指導・教育がなされていたことが想像できるのですが、推測の域を出ませんが、乙武氏にもそのタレント・文筆家としての圧倒的な経済力をもってして奥さんをそのような考え方に<洗脳>していたフシがあるのではなかろうか、ということです。


【そうでなければ、女子が「旦那の浮気は自分のせい」と世間に謝罪するという「ズレた」感性は出てこない】

そのような<洗脳>が乙武氏からなされ、また妻の仁美さんご自身の中にも元々そういった感性があった上での、同じような「上昇志向」を持った人たちに向けての「これからもよろしくね」的なメッセージが、夫の浮気を妻が明るく謝るという何ともいびつなパーティーの開催に繋がったのではないかと、筆者には思えてならないのです。その推測は、当日の主な出席者とされる人たちの顔ぶれを見ると増々もって「確信」に変わってくるため、列席者の一部のお名前を挙げてみましょう。

◆主な列席者
為末大さん(スポーツコメンテイター、発起人)、猪瀬直樹さん(前・東京都知事、作家)、神田うのさん(タレント、モデル)、堀江貴文さん(タレント、元・会社経営者)、古田敦也さん(スポーツコメンテイター、元・プロ野球選手)、古市憲寿さん(社会学者、発起人)

いかがでしょうか。


【今回の「週刊新潮」によるスクープは“お手柄”?】

筆者は、今回の「週刊新潮」による“乙武氏の5人不倫”のスクープ記事は、権力のチェック・監視機能を持つメディアの仕事としては“お手柄”であったのではないかと思っています。この件が明るみに出ないまま乙武氏が「障がいをもろともせずに気合と努力で成功を手にした尊敬すべき教育者」といったキャッチコピーでもって夏の参院選で圧倒的な得票数で当選していたらと思うと、ちょっとゾッとするからです。

イスラム圏のように「女性は男性よりも下位にあるもの」と宗教的な教義で定めているような場合は別にして、わが国もその一員である近代の西欧型の文明社会においては、女性が経済的に相対的に下位にある状況から脱し上昇するために「男尊女卑」の感性を容認するといった姿勢を克服しながら、今の自由を手に入れてきたからです。女子が「旦那の浮気は自分のせい」と謝らなければいけないような世の中を「いいもの」と感じるようであれば、それは権力や富の対価として自由を売り渡したことを意味しているのだということに、一部のセレブリティ-の人たちは気づく必要があろうかと思われます。




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(女子のお悩み解決コラム -WomanNews ウーマンニュース-)