今回取り上げるの名曲は、世界中で愛されるこの名曲「愛の賛歌です。

原題は”L’ Hymne A L’ Amour” 日本語タイトルで「愛の賛歌」とされているこの曲は、1949年にシャンソン界でも別格の女王エディット・ピアフが自ら詩を書き、女性ソングライターのマルグリット・モノが作曲したシャンソンです。英語では”Hymn To Love” 及び”If you love me”というタイトルによる2種類の訳詞がある。

 

恋多きエディット・ピアフは、イヴ・モンタンを愛し、彼に”La Vie en Rose”(バラ色の人生)を捧げたが、やがて音楽的な信条の違いもあってモンタンをつれなく捨て、アルジュリア出身でフランス人ボクサーのマルセル・セルダンと熱烈な恋に陥った。しかし、彼には3人の子供と妻がいたので、ピアフの恋は早く言えば不倫だった。

 

そのセルダンに捧げるべく、ピアフは1949年のある日、”Hymne A L’ Amour”「愛の賛歌」の詩を書いた。ところが、あろうことかセルダンは、ピアフにせかせれて彼女に会いに行くために「エアー・フランス」機でニューヨークから空路パリに急ぐ途中、ポルトガルの上空で飛行機が墜落し不慮の死を遂げた。悲嘆にくれたピアフは、この「愛の賛歌」を歌う気には到底なれず、予定していたレコーディングもキャンセルしてしまった。そして、やっと気を取り直して録音したのは、セルダンの死から半年後の1950年のことだった。

 

上記の「愛の賛歌」にまつわるいきさつを理解すれば、これは軽々しく結婚披露宴で歌うような歌ではない。

 

ピアフの書いた「愛の賛歌」には、「青空が崩れ落ちてこようが 大地が裂けようがかまわないわ もしあなたが私を愛してくれるなら 世の中のことなどどうでもいいのよ/~

いつの日か限りある命があなたをわたしから引き離し あなたが遠く去ってしまっても あなたが私を愛してくれる限り なんでもないわ だってそうなったら私だって死んでしまうから そうして私たちは永遠の未来を手に入れるのよ~/~」と、まるでセダンの死を予知したかのような壮絶な歌詞が付いている。もしくは、セルダンの死を悲しんだピアフが、彼の死後に書き直したのだろうか?

 

このシャンソンに最初、英語を付けたのはアメリカ人ながらフランスの芸能界で活躍していたエディ・コンスタンティンが1950年に”Hymn To Love”というタイトルで英語詞をつけ、自ら歌った。この歌詞でエディット・ピアフも歌った他、シンディー・ローパーも歌っている。

 

しかし、よりポピュラーな英語詩は、外国語詩を英語に訳すのが得意だったジェフリー・パーソンズが1952年に”If you love me” というタイトルでつけたもので、この歌詞で1952年にヴェラ・リン、1954年にケイ・スター、1959年にシャーリー・バッシー、1961年に3連のアレンジで歯切れよく歌ったブレンダ・リー等がある。これらの英語詩は、やや柔らかい表現になっている。

 

日本では岩谷時子の訳詩で、1959年に越路吹雪が歌ったが、「あなたの燃える手で 私を抱きしめて~」で始まる歌詞はひたすら熟愛ムードで、女の愛の可憐さと壮絶さが同居したピアフの原詩の様なニュアンスはすっかりなくなっている・・・。

 

ピアフとセルダンのことを取り上げて映画化したのが1983年制作の”Edith et Marcel” (邦題「恋に生きた女ピアフ」)で、ピアフ役をエヴリーヌ・ビックスが演じ、シャルルアズナヴールなども出演したが、セルダン役は本人の実の息子マルセル・セルダン・Jrが演じて話題を呼んだ。この中で、「愛の賛歌」はピアフ本人の音源で流れた。

 

さらに、2007年にフランス、イギリス、チェコ合作で映画 “La Mome” (邦題「エディット・ピアフ~愛の賛歌~」、英題 “La vie En Rose”)が制作された。エディット・ピアフの偉大な足跡と、歌と愛に生きた47年間の波乱万丈の生涯を語る伝記ドラマである。

 




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